【しるくわ日記】No.10 大分県の 養蚕の歴史 2

2017年03月08日

シルクワームのサンライズがある九州大分県の養蚕の歴史です。

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大分県の 養蚕の歴史 ② 江戸時代 後編

大分県の主な養蚕の記録 江戸時代

宇佐郡 (現在の豊後高田市の一部と宇佐市の大部分

 文久年間(1861年から1864年)に、佐田村の加来勝太郎と安心院(あじむ)村の加来格太郎の家では、小規模ながら蚕(シルクワーム)の飼育が行われていました。

 嘉永2年(1849)に、安心院村の柳瀬伴左衛門が、江州長浜(現在の滋賀県長浜市)の商人から蚕種を少量手に入れ、山桑で飼育した所、めずらしい黄色い繭が二斗あまりとれたそうです。

 その他にも、駅館村にも養蚕を先駆けて行っていたの、松永貞民さんの記録があるそうです。

速水郡 (現在の別府市、杵築市、宇佐市、由布市の一部、日出町のすべて)

 日出地方では、200年前より養蚕が、藩士の間で行われていました。また杵築藩でも、天明五年(1785)の頃に、藩での養蚕業の奨励が実を結び、見事な絹製品が見られるようになったと言う記録があります。

東国東郡 (現在の杵築市の一部と国東市の全域)

 養蚕を奨励していた杵築藩の影響で、明治の初期にはすでに桑が栽培されていました。現在の大分県国東市出身の、江戸中期の儒者「三浦梅園」(医者・思想家・自然哲学者)も奨励し、杵築藩の7代藩主松平親賢に謁見し、政策の意見を述べた記録「丙午封事」に、養蚕について述べた記録が残されています。

大野郡 (当時は現在の大分市、佐伯市、臼杵市、竹田市の一部と豊後大野市の全域)

 早くから養蚕が奨励された岡藩地域が多く、臼杵藩だった川登の方でも、古い真綿の上納の記録があり、養蚕の歴史は、竹田市(岡藩)と同じくらい古いようです。


【しるくわ日記】養蚕の歴史シリーズ 目次

竹田市の養蚕の歴史1 古代 豊後風土記 直桑村

竹田市の養蚕の歴史2 万治年間(1658~1660)岡藩に養蚕業興る

竹田市の養蚕の歴史3 天保年間(1830年から1844年頃)養蚕の復興

竹田市の養蚕の歴史4 文久年間(1861年から1864年)馬淵小源次と水力製糸

竹田市の養蚕の歴史5 天保・文久~明治の養蚕業の発展

江戸時代

大分県の 養蚕の歴史1

大分県の 養蚕の歴史2

明治時代

大分県の 養蚕の歴史3

大分県の 養蚕の歴史4

大分県の 養蚕の歴史5

大分県の 養蚕の歴史6

大分県の 養蚕の歴史7

大正時代

大分県の 養蚕の歴史8

大分県の 養蚕の歴史9

大分県の 養蚕の歴史10

連載予定

 大分県の養蚕の歴史 昭和時代

 大分県の養蚕の歴史 現代


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