【しるくわ日記】No.8 竹田市の養蚕の歴史 5

2016年11月17日

シルクワームのサンライズがある大分県竹田市での養蚕の歴史です。

竹田市の養蚕の歴史、シルクワームのお話。江戸時代文久年間の養蚕。

文久年間の製糸と機織り

 天保年間(1830年から1844年頃)に復興し、文久年間(1861年から1864年)になると水車の導入に挑戦するなど、養蚕への取り組みが盛んになりました。

 岡藩は、天保の頃から信州(長野県と岐阜県の一部の地域)の養蚕家を呼び、養蚕の様々な技術を得ました。

 信州からやってきた農民の又左エ門さん夫婦は、夫は桑の栽培、養蚕、製種を行い、奥さんは製糸と真綿引をしながら、近隣の地域にその技術を伝えたそうです。

 おなじく信州からやってきた信藏さんは、縮緬(ちりめん)や縞織物(しまおりもの)の技術を、拓殖さん、浦部さん、播本さん、和田さんの家の女性に教え、その技術を学んだ女性たちが機業を始めたそうです。

江戸時代の大分県の養蚕

 江戸時代、二度にわたって養蚕に取り組んだ岡藩(竹田市)がある、豊後の国(大分県)での養蚕の取り組み等。

大分郡

 三佐に伝習所
 大分市三佐地区は、川に挟まれた中州の島で、岡藩の在町がありました。そこに天保年間に郡奉行井上快助が、信州の中条久米吉を招いて養蚕の普及に努めた時に、三佐村の庄屋河村仲平宅に出張伝習所を設けました。

 現在の大分市三佐

府内藩(大分市)

 津留に桑園
 嘉永年間に、勘定奉行中村段右衛門と町奉行藤田平治兵衛が、津留地区の河畔に桑の苗木を植えて、養蚕を起こしました。
 その後、藩庁も奨励し桑を増殖し、勘定奉行神尾式右衛門、物頭役永井東助、郡奉行中村市右エ門達にその桑園を分配しました。

現在の大分県東津留 

 他にも、北海部郡*に桑の葉の摘み取り禁止のお触れが出たりと、江戸時代後期の豊後の国(大分県)では、その後の明治時代に繋がる養蚕文化が広がりを見せていました。

注釈:北海部郡は、大分市の志村、青崎、須賀、丹生、丹川、宮河内、広内以東・臼杵市の一部、野津町大字各町以外・津久見市の全域。

大分県津久見市(旧北海部郡)

次回、大分県の養蚕の歴史-明治時代-


【しるくわ日記】養蚕の歴史シリーズ 目次

竹田市の養蚕の歴史1 古代 豊後風土記 直桑村

竹田市の養蚕の歴史2 万治年間(1658~1660)岡藩に養蚕業興る

竹田市の養蚕の歴史3 天保年間(1830年から1844年頃)養蚕の復興

竹田市の養蚕の歴史4 文久年間(1861年から1864年)馬淵小源次と水力製糸

竹田市の養蚕の歴史5 天保・文久~明治の養蚕業の発展

江戸時代

大分県の 養蚕の歴史1

大分県の 養蚕の歴史2

明治時代

大分県の 養蚕の歴史3

大分県の 養蚕の歴史4

大分県の 養蚕の歴史5

大分県の 養蚕の歴史6

大分県の 養蚕の歴史7

大正時代

大分県の 養蚕の歴史8

大分県の 養蚕の歴史9

大分県の 養蚕の歴史10

連載予定

 大分県の養蚕の歴史 昭和時代

 大分県の養蚕の歴史 現代


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