【しるくわ日記】No.7 竹田市の養蚕の歴史4

2016年10月30日

シルクワームのサンライズがある大分県竹田市での養蚕の歴史です。

竹田市の養蚕の歴史、シルクワームのお話。江戸時代文久年間の養蚕。

文久年間の養蚕

 天保年間(1830年から1844年頃)の初めに、郡奉行「井上快助」さんによって復興した岡藩(竹田市)の養蚕は、文久年間(1861年から1864年)になると、新しい製法の開発や販売先の拡大に乗り出します。

 文久の年の郡奉行「馬淵小源次(まぶちこげんじ)」さんは、有志を募り、藩の補助を仰いで、会々村(現在の竹田市会々)の下木と言うところに「水車を利用した箱車座繰」を設置して運用を試みました。

 結果は「産額僅少製品粗悪」、それでも長崎の方に販路を開拓しようと頑張りましたが、輸出には向かないと上手くいかなかったようです。そして「箱車座繰」は間もなく潰れてしまいました。

 しかし江戸時代に水力利用による産業革命を起こそうとした事は、十分に特筆する事として語られます。

その後の馬淵小源次と水力製糸

 その後も、馬淵さんはあきらめず研究を重ねます。そして1876年(明治9年)、ついに馬淵さんと仲間たちは、会々村の下木の県有倉庫に製糸場を再建します。

 馬淵さん達はその後も製糸場を建設しつづけ、1883年(明治16年)の吉田村下恵の四山製糸場の記録には、水車を利用した繰糸の記録が残されているそうです。

 また1893年(明治26年)の大分県内では、

 創業1881年 四山社株式会社

 創業1886年 大分製糸場

 創業1892年 理繭社

 この三社が水力を利用した製糸を行っていたそうです。

参考:古長敏明著:「大分県養蚕史 旧藩時代の養蚕と現状」

参考:鳥養孝好著:「士族授産会社 四山社と旧直入郡の養蚕業(下)」

参考写真・竹田市の用水路

*明正井路第一拱石橋は、日本国内で最大規模(水路橋としては大分県内で最長)の水路用石造アーチ橋(現役)。

次回、文久年間の製糸と機織りへ


【しるくわ日記】養蚕の歴史シリーズ 目次

竹田市の養蚕の歴史1 古代 豊後風土記 直桑村

竹田市の養蚕の歴史2 万治年間(1658~1660)岡藩に養蚕業興る

竹田市の養蚕の歴史3 天保年間(1830年から1844年頃)養蚕の復興

竹田市の養蚕の歴史4 文久年間(1861年から1864年)馬淵小源次と水力製糸

竹田市の養蚕の歴史5 天保・文久~明治の養蚕業の発展

江戸時代

大分県の 養蚕の歴史1

大分県の 養蚕の歴史2

明治時代

大分県の 養蚕の歴史3

大分県の 養蚕の歴史4

大分県の 養蚕の歴史5

大分県の 養蚕の歴史6

大分県の 養蚕の歴史7

大正時代

大分県の 養蚕の歴史8

大分県の 養蚕の歴史9

大分県の 養蚕の歴史10

連載予定

 大分県の養蚕の歴史 昭和時代

 大分県の養蚕の歴史 現代


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