【しるくわ日記】No.4 竹田市の養蚕の歴史1

2016年07月25日

シルクワームのサンライズがある大分県竹田市での養蚕の歴史です。

旧直入郡(現在竹田市)の名前の由来-豊後風土記から-

旧直入郡(現在竹田市)の名前の由来-豊後風土記から-

現在の竹田市の古い名前を直入郡(なおいりぐん)と言います。

豊後風土記に書かれている、この直入郡の地名の由来にシルクワーム(蚕)の餌となる桑の木の名前の付いた村が登場します。

豊後風土記から-直入郡名前の由来-

なほりのこほり(直入郡)には、郷は四個所、小里は10箇所、駅が一つあります。

昔、こほり(郡)の東にある”たるひのむら(垂氷村)”に桑の木が生えていました(有桑生)。

その高さはとても高く、枝も幹も美しく育ち(枝幹”直”美)、地元の人たちは「なほくはのむら(直桑村)」と呼びました。

後の人がそれを改め「なほりのこほり(直入郡)」と呼びました。

-ココまで-

豊後風土記に記されている場所以外にも、竹田市には「桑木(くわき)」の地名が各地にあります。

地図に載らなくても「桑木(くわき)」の通称を持つ場所もあります。

産業としての養蚕の記述はありませんが、桑の木が身近な存在だったのがわかります。

本格的な産業として養蚕が行われ始めるのは、岡藩三代目藩主の登山をこよなく愛した入山公「中川久清公」と、陽明学者「熊沢番山」の登場を待つことになります。

豊後風土記原文(写本)

豊後風土記直入郡の項

出典:国立国会図書館デジタルコレクション「豊後国風土記(写本)」

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541894


【しるくわ日記】養蚕の歴史シリーズ 目次

竹田市の養蚕の歴史1 古代 豊後風土記 直桑村

竹田市の養蚕の歴史2 万治年間(1658~1660)岡藩に養蚕業興る

竹田市の養蚕の歴史3 天保年間(1830年から1844年頃)養蚕の復興

竹田市の養蚕の歴史4 文久年間(1861年から1864年)馬淵小源次と水力製糸

竹田市の養蚕の歴史5 天保・文久~明治の養蚕業の発展

江戸時代

大分県の 養蚕の歴史1

大分県の 養蚕の歴史2

明治時代

大分県の 養蚕の歴史3

大分県の 養蚕の歴史4

大分県の 養蚕の歴史5

大分県の 養蚕の歴史6

大分県の 養蚕の歴史7

大正時代

大分県の 養蚕の歴史8

大分県の 養蚕の歴史9

大分県の 養蚕の歴史10

連載予定

 大分県の養蚕の歴史 昭和時代

 大分県の養蚕の歴史 現代


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